孔雀堂・准胝堂(壇場伽藍)


孔雀堂(壇場伽藍)の地図- 高野山名所図会


孔雀堂

西塔の東、金堂の北西には3つのお堂があります。その中で最も西側にあるのが孔雀堂です。

孔雀堂(壇場伽藍、壇上伽藍)の写真- 高野山名所図会



もともとは鎌倉時代初期の正治元年(1199年)、京都・東寺の延杲(えんごう)が雨乞いを成就させたことがきっかけとなり、後鳥羽上皇の命により建立されました。

この22年後に承久の乱を起こして鎌倉幕府に敗北、隠岐に配流された後鳥羽上皇ですが、この頃は朝廷の権力を掌握しており、積極的な院政改革を行なっていました。

正治二年(1200年)に安置された本尊の孔雀明王像は快慶の作で、重要文化財に指定されています(霊宝館所蔵)。

孔雀堂の建物は昭和元年の大火で焼失、昭和58年(1983年)に再建されたものです。

准胝堂

孔雀堂のすぐ東側に建つ准胝堂(じゅんていどう)は、空海ゆかりの准胝観音を祀るお堂です。

准胝堂(壇場伽藍、壇上伽藍)の写真- 高野山名所図会



准胝観音は、空海が得度の儀式を行う際の本尊として自ら造ったと伝えられ、もともとは食堂に安置されていました。

平安時代中期の天禄4年(973年)頃、准胝観音を本尊とするお堂がこの場所に建てられ、准胝堂となりました。

現在の准胝堂は明治16年(1883年)の再建です。



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