六角経蔵(壇場伽藍)


金堂の南西に建つ小さな塔は、平安時代末期、美福門院が鳥羽法皇の菩提を弔うために建立した「六角経蔵」です。

六角経蔵(壇場伽藍)の地図- 高野山名所図会


美福門院と高野山

美福門院は鳥羽法皇の后として権勢をふるった女性で、保元の乱の原因を作ったと言われています。

一方で美福門院は高野山に深く帰依しており、この経蔵に納める一切経のため、紀州荒川の荘園を高野山に寄進しました。このことから、六角経蔵は「荒川経蔵」とも呼ばれています。

六角経蔵(壇場伽藍)の写真- 高野山名所図会



美福門院は鳥羽法皇の遺言に背いてまで、自らを高野山に葬るよう切望しました。女人禁制の高野山は反発しますが、この寄進の効果があったためか、例外として納骨が許されました(不動院境内の美福門院陵)。

六角経蔵の回転

現在の六角経蔵は昭和9年(1934年)の再建で、少し高くなっている基礎の上に把手がついています。力がいりますが、ここを押すと回転できるようになっています。

六角経蔵(壇場伽藍)の写真- 高野山名所図会



時計回りで一回りすると一切経を読んだのと同じ功徳を得られるとされます。チベット仏教のコルラ、またはマニ車と似た意味合いです。

六角経蔵(壇場伽藍)の写真 高野山名所図会



美福門院が納めた一切経(紺紙金泥一切経・重要文化財)は現在、高野山霊宝館が収蔵しています。



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