東塔・智泉廟・蛇腹路(壇場伽藍)


東塔(壇場伽藍)の地図- 高野山名所図会


東塔

東塔(とうとう)は、平安時代後期の大治2年(1127年)、白河法皇の発願で創建されました。

東塔(壇場伽藍、壇上伽藍)の写真- 高野山名所図会



天保14年(1843年)の大火で焼失し、現在の建物は昭和59年(1984年)の再建です。

智泉廟

東塔の北東にある小さな廟は、空海の十大弟子の一人で甥でもある智泉(智泉大徳、789-825年)を祀っています。

智泉は14歳で空海の従者となり、16歳の時に空海とともに唐に留学するなど、優秀な弟子として活躍しました。最澄から空海へのとりなしを依頼されたこともあります。

しかし天長2年(825年)、空海に先立ち、37歳で亡くなりました。

蛇腹路

東塔から金剛峯寺のほうへ、東にのびるまっすぐな小道は「蛇腹路(じゃばらみち)」と呼ばれています。

蛇腹路(壇場伽藍、壇上伽藍)の写真- 高野山名所図会



空海は東西に細長い高野山を「東西に龍の臥せるがごとく」と形容しました。「龍」の頭は壇場伽藍、尾は現在の金剛峯寺の東の蓮花院の辺りとされています。

この小道は腹の部分にあたることから、「龍の腹の小道」が転じて「蛇腹路」と名づけられました。



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