真言密教とは(2)


真言密教と天台密教

空海の真言密教とは別に、最澄の天台宗も密教を取り入れました。

もっとも最澄自身は法華経を中心とする総合仏教の確立を目指しており、密教はあくまでその一部に過ぎませんでした。そのため、空海と最澄の時代は、真言密教が天台宗の密教を圧倒していました。

しかしその後、最澄の弟子の円仁(慈覚大師・794年~864年)、円珍(智証大師・814年~891年)が唐で最新の密教を学び、日本に持ち帰ったことで、天台宗でも密教が重視されるようになります。そして円仁の弟子、安然(841年?~915年?)が「大日経」を中心とする密教教学の研究を進め、天台宗独自の密教を完成させました。

これ以降、真言密教は「東密」、天台宗の密教は「台密」と呼ばれ、日本における二大密教として発展していきます。

東密では、釈迦如来の「華厳経」「法華経」よりも「大日経」「金剛頂経」など密教経典の方が優れているとしています。

一方で台密では、「華厳経」「法華経」は、実践面では密教経典に劣るものの、理論面では同様に優れていると説きます。これは、そもそも中国の天台宗が法華経を根本経典としていて、密教を導入していなかったことに由来します。

また、東密では大日如来を最高仏とし、釈迦如来はその化身の一つに過ぎないと説きますが、台密では大日如来と釈迦如来を同一の仏としています。

つまり、天台宗が釈迦の教えを密教と同様に尊ぶのに対し、真言宗は密教に特化しており、密教至上主義ともいえるでしょう。






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