空海の「即身成仏」-ミイラ化して生き続けることではなかった?-

空海の原点「虚空」とは? -謎の概念を科学の視点で考える-のページでは、空海の哲学について知る第一歩として、「虚空」という概念について解説しました。 これは、多様な解釈があるとはいえ普遍的な概念でもあり、受け入れやすいものだと思います。 次のステップとして、「即身成仏」について解釈を試みてみましょう。 「即身成仏」は、「現世で生きたまま仏になる」ということですが、「仏になる」の定義次第でどんな意味にもなり得ます。 空海の後継者たちは、仏を「生死を超えた存在」だと解釈し、「弘法大師は死なず、永遠の瞑想に入りながら人々を救済している」と考えました。自分も同じように人々を救済したいと、苦しい修行の末にミイラ化して「即身仏」になる高僧たちもいました。 しかし、本来の「即身成仏」はミイラ化することではなく、不死身の救世主になることでもありません。 空海にとって、「生きたまま仏になる」というのはどういうことだったのでしょうか?

即身成仏と輪廻転生

空海は、土木技術者または建築家として数々の功績を残したことでも知られています。当時としては最先端の科学を研究し、その力で人々を幸せにしようと努力した人でもあったのです。 中観派と唯識派をひとつにした「金胎不二」は現代人にも参考になる哲学ですし、空海が日本に広めた「空(=虚空)の思想」も科学的に解釈できる話です。 「即身成仏」も、本来は、現人神のような超人になるという意味ではなかったはずです。 一般的な仏教では、人は死んだら輪廻転生を繰り返すが、うまくいけばその度にステップを踏んで、いつかはこの苦しい世の中から卒業できるかも知れない、と説いています。この卒業にあたるのが「成仏」です。 輪廻転生の話も、近代以降は非科学的だと批判を受けてきましたが、最近では「死んだら分解され原子が再構築され、他の生物の一部になることもある」と解釈すれば、それほど非科学的な話ではないと言われるようになっています。 原子よりはマクロな生物学のレベルで見ても、わたしたちは実は毎日、輪廻転生のようなことを繰り返しています。3000億個の細胞が毎日死んで、新しい細胞に生まれ変わっているのです。それでも同じ形が維持されているのは、DNAという同じ設計図で再構築されているからです。 空海も、輪廻転生を否定したわけではありません。しかし「成仏」については違う考え方を提示しました。

既に達成されていた「即身成仏」

空海は「成仏」を3つの段階に分けました。第一段階の「成仏」は、実はすべての人が既に達成しているといいます。すべての現象は仏の現れなのだから、人を含めたすべての物質は、もともと仏になっているというのです。 「色(人間を含む物質すべて) = 仏」だということですから、般若心経の「色 = 空」の方程式にあてはめると、「仏 = 空」ということにもなります。つまり、ホトケはゼロだったのです。確かにどちらも、すべてを包み込む概念ではありますね。 しかし「成仏」はこれでは終わりません。なぜなら、人にはさまざまな苦しみや悩みがあり、自らを仏だとは思えないからです。「あなたは既に成仏しているのですよ」と言われても、「じゃあ、この苦しみは何なのですか?」ということになります。 そういう人に対して空海は、「成仏の第二段階」に進むことを説きました。その方法として提示されたのは修行、つまり心身の鍛錬です。 次のページ即身成仏と西洋哲学-似た概念を別のアプローチで追求した?-