- 書状でたどる戦国時代 -

将軍・足利義輝からのメッセージ

「書状でたどる長尾景虎(上杉謙信)の越後統一」の11ページ目です。 将軍・足利義輝が長尾景虎(後の上杉謙信)に与えた「白傘袋・毛氈鞍覆の使用免許」は、三好長慶との決戦への加勢要請でもありました。


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「御内書」にこめられた足利義輝のメッセージ

天文19年(1550年)2月28日、将軍・足利義輝(当時の名乗りは足利義藤)から長尾景虎宛に御内書が送られました。

白傘袋・毛氈鞍覆の免許の礼として贈ってくれた太刀と献金三千疋、確かに受け取った。

まことに神妙である。大館晴光からも副状を出させる。

上越市史 上杉氏文書集「足利義藤御内書」より意訳

この御内書の日付は、越後守護だった上杉定実が死去した2日後です。そのため、上杉定実の死去を受けて白傘袋・毛氈鞍覆の免許が与えられたように語られることもしばしばです。 しかし、上越から京都までは、現在の高速道路を使っても400キロ以上の道のりです。飛脚でも2週間はかかったでしょう。少なくとも、「定実が死去した」という情報が2日で京に伝わったとは考えられません。 つまり幕府は、上杉定実の死去を知る前から、白傘袋・毛氈鞍覆の免許を発行していたということになり、この免許は守護待遇や国主待遇を意味するステータスではなかったことが分かります。 それでは足利義輝は、どんな意味をこめて景虎に免許を与えたのでしょうか? これについては、景虎と将軍の間と取り持った人物のメッセージが参考になります。 関白・近衛稙家の弟で、大覚寺門跡の義俊が、御内書と同じ2月28日に景虎に送った書状です。

白傘袋・毛氈鞍覆の免許について、愛宕山下坊の幸海に活動させたところ、正式に認められ、御内書が出された。大館晴光からも副状が出た。

ついに念願がかなったな。これからは京に滞在し、(将軍への)忠義を果たしてくれ。

上越市史 上杉氏文書集「大覚寺門跡義俊書状」より意訳

義俊によると、「白傘袋・毛氈鞍覆の免許」をもらった以上は、将軍を守るために京に駐留する必要があるといいます。つまりこの免許は、「早く上洛して幕府のために加勢せよ」という将軍の救援要請でもあったのです。 この時期の義輝には、加勢を必要とする切実な理由がありました。 天文18年(1549年)6月、「江口の戦い」で大勝した三好長慶から逃れるため、足利義輝は管領・細川晴元と共に近江の坂本へと移りました。 天文19年(1550年)2月、義輝は三好長慶から京を奪還するための前線基地として、東山のに中尾城を築城しました。 景虎に御内書を出したのは、その月の月末のことです。つまり義輝は、景虎に対し、三好家との決戦に加勢することを期待していたのです。 畿内に所領を持たない大名が大軍を率いて上洛し、将軍の敵と戦うというのは、朝倉家に加えて、大内家(大内政弘・大内義興)の前例がありました。 景虎はかつての朝倉家や大内家のように、将軍のために戦う義務が生じたということになります。


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足利義輝が夢見た「六角・朝倉・長尾連合軍」

このとき越後情勢が安定していれば、景虎の武装上洛もあり得たかもしれません。 当時、越後から上洛するには、加賀や越中は一向一揆が活動していて危険だったため、能登半島を海路で迂回して越前の敦賀に上陸し、近江を通過して京に至るのが一般的でした。 アオソ交易でもこのルートが使われているので、支配下にある青苧座に協力させれば兵站線も確保できます。 越前を支配する朝倉家は、長尾為景の代からアオソ交易のパートナーであり、一緒に一向一揆と戦ってきた盟友です。将軍を支援するための出兵も積極的に行っており、歴戦の名将・朝倉宗滴もまだまだ現役でした。 そして近江は、足利義輝の最大の後援者だった六角定頼が支配しています。六角定頼は、後に織田信長に模倣される「楽市楽座」や「政治・経済機能の城下町への集中」を全国に先駆けて行い、六角家の全盛期を築いた先進的な戦国大名。 北近江を支配する浅井久政も、事実上六角定頼に従属していました。 長尾景虎と朝倉宗滴、そして六角定頼が率いる越後・越前・近江の連合軍が京に攻め入れば、さすがの三好長慶もどうなっていたか分かりません。 後の織田信長の例を見ても分かるように、「将軍を京に連れ戻し幕府を再興した」という実績は最高の権威をもたらしてくれます。国人たちを従わせる正当性が欲しい景虎にとっても、多少のリスクや負担を覚悟でチャレンジする価値は充分にありました。 しかし、この決戦は実現しませんでした。「長尾政景の乱」と「上杉定実の死」によって越後情勢は混乱しており、景虎は上洛どころではなかったのです。 天文19年(1550年)11月、三好長慶が大軍を率いて中尾城に迫ると、思うように兵が集まらなかった足利義輝は近江への撤退を決断。京は三好家に確保されました。